雑記

(Twitterに書くには長すぎる感想)

SEVEN/7を観てきたはなし

 

観に行くつもりでいたのに申込忘れたのがちょっと前の話。
行くか、と軽率に決めたのが5月28日、月曜の話。
チケットが確保できたのは6月1日金曜の回。
(金曜日だけは、日比谷のプレミアシートありのスクリーンで上映だったため、プレミア料金を払えばチケットが取れる状態だった。)

限定上映初日である28日の夜、友人から「早く観て」とLINEが入った。
彼女にはチケットを取ったことも言ってなかったのだが、まあいい。
バスタオルを持って行けと言われたので、愛用の大きめのタオルを持って行った。

 


[小林直己さんについて]

 

ブログで書くのは初めてだが、わたしは直己さんが好きだ。
友人らには納得されるのだが、三代目メンバーの中で一番好きだ。
「直己さん(と隆二くん)を大画面で観たいし、行くか」というのがチケットを確保する決め手だった。
人を好きな理由を言葉にするのはいつだって難しいが、直己さんについてはどうにか説明できる気がする。
彼の持つ、穏やかな空気が好きだ。
しかし、それは彼生来のものではないと思っている。
生来穏やかな人間が、EXILEなんてやんちゃなグループに入るとは考えづらいからだ。
時間を経て穏やかになったのか、あるいは何かきっかけがあったのか、その辺りには大変興味がある。どこかで語ったりしていないだろうか。
彼は、若い頃の「やんちゃ」だった名残を、今は「お茶目」な部分に昇華していると思う。
それがすごく自然で、適切な言葉として浮かぶのはチャーミングで、そういった部分を拝見するたびに好きだな、と感じるのだ。

さて、こうして彼について言葉を連ねてはいるものの、正直なところグループ内における直己さんの人気は今ひとつだ。
恐らくではあるがご本人もそれを自覚しているし、受け入れていると思う。
言葉にするとネガティヴな印象ばかりだが、それについて彼は別の方向で自分の可能性を広げようとしている、SEVEN/7を鑑賞したわたしはそのように感じた。

具体的な数字を調べているわけではないのだが、数字的人気(動員数)と知名度は必ずしもイコールではない。
例として、V6とEXILE THE SECONDを挙げてみたい。
同じ6人組、どちらもアラフォー世代、アイドルとヴォーカル&パフォーマンスグループという違いはあるが、そこはわたしにとっては同じだということは以前の記事で書いたので省略する。
メンバー全員の名前を諳んじれる人間が多いのはどちらか、と考えると圧倒的にV6である。
わたしはV6ファンではないが、全員名前と顔が一致する。逆に、SECONDについてはファンになるまで顔も名前も一致しなかった。
しかし、わたしが去年驚いたのが、この二組についてはライブ(あるいはコンサート)を行う会場規模が同じなのだ。
V6の知名度が低いとは思わない。人気がないとも思わない。しかし、SECONDと同じ規模と聞くと疑問を抱いてしまう。

あるいは、俳優や女優同士の比較でも良い。
キネマ旬報の表紙を飾るような若くて勢いのある俳優と、中でインタビューに答えているだけのベテラン俳優であれば、集客力はきっと若い俳優の方が高いだろう。
舞台挨拶で黄色い悲鳴が上がるのだって当然若い方だ。
しかし、知名度でいうとベテラン俳優の方が高いことが多いと思う。
舞台挨拶に行きたい!という熱心でフットワークの軽いファンは少ないながらも、ベテランとなるまでの過程で出演した作品で、その名前を多くの方に知らしめてそこに立っているはずなのだ。

そういった、地道な芸能活動のための下準備を直己さんはしているのではないかと思った。
芸歴が長くなればなるほど、コネクションだって増える。
あの事務所は、音楽業界の中ではあまり好かれていないと思うのだが、最近は俳優業界にも力を入れ始めた。
(幸いにして2.5次元舞台の乱立により若手俳優が雨後の筍状態であるし、いくらかの大物とのコネクションまである)
どうせなら事務所の外仕事にして欲しかったのだが、LDH picturesなんて会社まで立ち上げた。
これについてはあの会社の悪い部分の最たるところで、自社で全てをやることで権利関係を独占しようとしているのだと思う。

まただいぶ話が逸れたが、そこで主演を務めるような俳優になろうとしているのではなく、それを最大限引き立てるような俳優になろうとしているのではないかと感じた。
いやもう隙間を埋めるのはオタクの悪い癖なのだが、表現力や知識を身に着けることで演技に活かしたいのかな、と。

直己さんのことを好きになってまだ日が浅いが、いろいろと話を聞く限り自己顕示欲がないわけではないのだ。
芸能人だと気付いてもらえたら嬉しいし、直己さんが一番好きです、という人がいれば喜ぶし、注目されたらもっと注目されたいと思う。この辺りは芸能人としての資質であって、特別ナルシストだとは感じなかった。
それでも、どうしてもグループ内の人気メンバーのついで扱いが多い。
直己さん単独で何かに出演するとなったときは、三代目の誰かを好きな人や、EXILEの誰かを好きな人、あるいはLDH所属のほかの誰かを好きな人が、「直己さんのイベントあるんだ、行ってみよう。」と足を運ぶケースが多いのではないだろうか。
「無料だし」、「近いし」、「他に○○も出るし」、といった条件がつく。
もちろん、直己さんが大好きで直己さんを追いかけて直己さんのためにあれやこれやとお金を費やす人もちゃんといらっしゃる。頭が下がる。(わたしは所詮茶の間レベルなので東京が限度)
ただ、全体の比率を考えるとやっぱり、他の人のファンが多いと思うのだ。
「わたしも直己さん好きですよ、一番は○○なんですけど。」
よく言われる言葉である。嫌われることはないにしても、一番好き!と言ってくれる人はあまり多くない。
そして、繰り返すが彼はそれを理解した上で、その状態のまま事務所やグループに貢献できる方法を考えたのではないかと思う。

簡単に言えば、普段のアーティスト活動外で、彼でいうと俳優として、普段のファンとは違う層に対する認知度を高めてグループに還元したいと考えているのだろう。
十代から二十代(もしかしたら三十代も?)の女性という、今彼らを応援している中心層とは全く異なる層を狙っているように思う。
(余談ではあるが、同じく俳優としての仕事を増やしていこうとしている岩田剛典に関しては、まだアイドル俳優の域を出ていないと思っているし、三十という年齢を迎えた先に本当の課題があるのではないかなと勝手に考えている。)

取りとめもなく文字を書いてきたが、結局感想らしい感想を書いていないような気がしてきたのでまとめると、
直己さんが素敵でした。
という話。
西陣工房や刀工の見学も、英語でのコミュニケーションも、全て素敵でした。
新しい物を切り開くばかりではなく、古い物を学ぶ姿勢が様になっていました。多分、他の人が同じことをしていても「メディアのためのパフォーマンスお疲れ様です。」と感じたと思います。
温故知新とはよく言ったもので、それをどうにか自分の活動で体現しようとなさっている姿が素敵でした。
いや、本当に、素敵以外の言葉何かないのかよって思うんですけど、素晴らしいというのは何だかお客様目線というか、評価のようで好きじゃなくて、素敵という言葉がぴったりくるのです。

 

 

 

直己さんの話だけでこんなに書くつもりなかったので、とりあえずここまで。
他の人についてはもっと端的にまとめたい。まあ、書くかどうかはわからないが。

J-POP HIP HOPとアングラHIP HOP


これこれ!と思うような記事を読んで感銘を受けたので、是非共有したいな~と思い、久しぶりにはてなを開きました。
ところどころ敬称略している部分はありますが、ご了承下さい。

 

ファンからの手紙
RHYMESTERのMC、Mummy-Dさんが書かれたブログです。
1989年グループ結成、つまり来年で30周年。
MC二名とDJ一名、全員早稲田大学を卒業しているという「世間の抱くHIP HOPに対するイメージ」とはだいぶ違う経歴の方々です。

 

 

ファンの定義

わたしは、15歳くらいのときかな、当時流行していたRIP SLYMEや、活動休止前のKICK THE CAN CREWを好きになった流れで彼らのことを知り、そこからずっとファンです。
といっても、ライブ全通とかCD全種買いとか、そういうことはしていません。
わたしの中で、俳優やアイドルのファンの定義は「現場に入る、金を落とす人」ですが、音楽のファンの定義は「何年経っても聞き続ける人」なので、同じ「ファン」という言葉の中にも明確な違いがあります。
ちなみにわたしがここ一年ほどハマっているEXILEについては、前者の考え方を当てはめています。音楽性はほぼ合わないので。

そういえば、前回のブログで書いた「去年の冬、きみと別れ」にMummy-Dさんご出演なさっていますね。
TDCホールのプレミアが初見だったのですが、一緒に行った子はRHYMESTERを知らなかったので一人で悲鳴を飲み込みました。びっくりした。

 


アングラHIP HOPとJ-POPシーンにおけるHIP HOP

話が脱線しました。
やっぱり、HIP HOPはどうしてもアンダーグラウンド、いわゆるアングラのイメージが大きいです。
それはルーツを辿るとブラックミュージックだから、そもそも外国の音楽文化であり日本ではニッチだから、など理由はいくらでも挙げられると思います。
実際、そういう昔ながらというか、低音のビートに乗せてラップで世の中を風刺して目に付く物は全部ディスる、みたいな方も多くいらっしゃいます。
それはそれで一貫性があって格好いいなとも思います。

しかし、近年のJ-POPにおいて、HIP HOPがチャートインすることはあまり多くありません。
何故なら日本の音楽シーンではまだまだHIP HOPやRAPが浸透していないからです。
言葉にすると単純に見えますが、馴染みのない文化を大衆に浸透させることは相当難しいことだと思います。本当に。
例えば、バレンタインは製菓会社、クリスマスはコカコーラのサンタクロース戦略で一気に広まったという認識ですが、毎年春にあるイースターや、その前の謝肉祭(カーニバル)なんかは某コンビニがちょっと企画したりもしていたものの全然浸透していないし、「言葉は知っていても何のお祭りかまでは…」という人がほとんどだと思います。
一応宗教的に日本でメジャーな仏教の、花祭りや成道会ですら全く認知されていないので、仕方ない気もしますが。

そんな人たちに、HIP HOPとRAPが乗っているだけのPOPの違い(どっちもラップじゃん)だとか、テクノとedmの違い(どっちもDJがターンテーブル回してるやつでしょ)だとか、薀蓄垂れたところで仕方がない。
余談ですが、edmはedc開催や世界的DJの来日なんかでかなり盛り上がっている印象があります。ヤスタカ効果もあるのでしょうか。
何にせよ、日本の音楽シーンに食い込むには、上記ブログでMummy-Dさんも仰られている通り新鮮さがありつつキャッチーでなければいけません。ヒゲ面やタトゥーなんて以ての外、みたいなところさえあります。
結局のところ第一印象の99%は顔、みたいなところは音楽業界に限らずあるところだと思います。
ただ、そこで思い出して欲しいのが、わたしが先に述べた「ファン」の定義。
自分の信念を曲げて、見た目や音楽を整えて、それで出来たファンが果たして「音楽のファン」になってくれるでしょうか。
(別にJ-POP HIP HOPの担い手達が信念を曲げているとまでは思いませんが、形式的にこう表現します。)

主に「伝統と信念」と「世間の需要」のバランスを上手く調整する必要があるかと思います。
実際それをやるわけでもないので、それがどれくらい大変なことなのかは正直見当もつきませんが。
その二つを言い換えると、「アングラHIP HOP」と「J-POP HIP HOP」なのかなと思います。

 


アラサー世代に刺さるJ-POP HIP HOP

2000年代が日本の音楽チャートにいわゆる「HIP HOP」が当たり前に存在していた時期かな、と思います。
EAST ENDが一斉を風靡したものの、HIP HOPという文化の浸透にまでは至っていなかった90年代。
それを経て、RIP SLYMEKICK THE CAN CREWケツメイシm-floあたりが一気にチャートに登場しました。
(それ以外に、彼らをHIP HOPと分類するのは躊躇われたのですが、類似文化としてDragon Ash湘南乃風も)

99年にデビューした某アイドルグループや、06年にデビューした某アイドルグループに、Rapポジションの方がいたのもちょっとは影響があるかもしれません。

そして、数年が経ち、ブームが薄れ、彼らは音楽チャートから次第に姿を消していきます。

わたしの青春はここで一度、終わりを告げました。
高校生のときは、大学生になったらFG NIGHTに行きたいねなんて話していたのにも関わらず、大学生活が忙しくなってなんて言い訳と共に。

KICK THE CAN CREWの活動休止であったり、m-floからLISAが脱退したことであったり(これはちょっと時期がずれますが)、RIP SLYMEのDJ FUMIYA療養による事実上の休止状態だったり、RHYMESTERの活動休止であったり、理由は本当にいろいろ。
一度ストップを掛けられてしまうと、その間に他のことに興味を移してそちらに集中してしまうわたしの性質に起因する部分が大きいでしょう。
そう考えると、ケツメイシがチャートインを続けている理由は、そういう部分も大きいかもしれません。
00年代終期にはGReeeeNというグループが登場し一世を風靡していたのですが、兼業で顔出しNGのためメディア露出が少ないグループだったので、あまり詳しくならないまま時間ばかりが経過してしまいました。

彼らの特徴は「あれ、思っていたより爽やか?」という外見と音楽性だと思います。
B-BOYならではのBIGサイズシャツやキャップ、腰パンはあれど、イカツいデブがいない。清潔感がある。(RYO-Zは当時の感覚では可愛いデブという認識)
まず見た目や雰囲気の「とっつきづらさ」を軽減させたのが、一つのポイントだったのではないかと、素人ながら考えています。
音楽も、どちらかというと低音ゴリゴリ打ち込み系というよりは、生音やテクノっぽい音を組み合わせてメロディー重視だったように思います。(特にRIP SLYMEm-floは)

(なお、HIP HOPグループというよりミクスチャー・ロックのバンドだと思うのでやはり余談になりますが、Dragon Ashは、いかつい鼻ピアスとタトゥーで威圧感はあるものの、ベースがイケメンなのとバンドなので一定のファンがつきやすいというのもあり、プラマイゼロというかちょっとプラスくらいでしょうかね。イケメンすごい。)

そこから、最近の話になるわけですが、最近はいろいろ広がりすぎていていまいち全体を把握できていないのでどこが人気とかわかりません!
たとえばEXILE関連でHIP HOPグループのドーベルマンほにゃららがいますが(好きですよ)、彼らのオリコン入りする理由って「複数形態売り」とか「バックヤード招待券」とか、そういうものに支えられているところがかなり大きいと思うんですよね。
良くも悪くも、当時とはいろいろ変わったなあと思うところもあり、一義的に「今売れてるJ-POP HIP HOPはこの人たち!」というのが言えません。
う~ん、売上だけじゃなく、世間一般の知名度やファンの数(ライト層も入れると、やはりダントツはドーベルになってしまう気がする)、影響力なんかを誰かにまとめて欲しいですね、
本当に、良くも悪くも乱立しているな、と感じます。シーンが盛り上がるのはいいことなんですけど。

 


一方のアングラHIP HOP

90年代のアングラHIP HOPといえば、実際に体感したわけではありませんが、やはりキングギドラ(現・KGDR)だと思います。
00年代になると、一番大きかったのはNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDでしょうか。
それ以降、10年代はアングラではグループよりも一人のMCが活躍するようになったように感じます。
尤も、記述の仕方でおわかりの通り、わたしはアングラに詳しくはないので深くは知りえないのですが。
もう間もなく20年代に入るわけですが、彼らの界隈はどのように変貌を遂げるのか、もちろんわたしなんかでは推測もできません。

 


果たしてこの二つのHIP HOPは対立すべきなのか?

そもそも対立して何の得があるのかわかりません。
ただ、アングラ側から「世間に媚び売ってる」だとか「本物のHIP HOPじゃねえ」みたいな感じで喧嘩を売っているのはたまに見かけますが。
別に媚び売ってもいいと思うんですけど、あくまで音楽を商業的に捉えるのであれば。
媚びを売る、イコール受け入れられやすい楽曲を作る、であり、イコール信念を捨てる、ではないのですから。
HIP HOPを流行させたい、なんて大義名分を振りかざされるのも困惑ではあるのですが、アングラ側も「J-POP HIP HOP側が勝手に耕してくれたにんじん畑でトマト育ててやるぜ」くらいの気持ちになれば良いと思うんですけど。
いや、雰囲気的には畑を荒らしそうなんですけど。実際、喧嘩を売るっていうのはそういう感じですけど。

もちろん聴いている側にも、Mummy-Dさんのいう「HIP HOP原理主義者」みたいな方はいると思います。
ただ、あくまで商業的戦略で、音楽マーケットへの進出を狙うのであれば、わたしや、わたしよりもっとライトな層にウケる音楽を作る必要がありますよね。
土台がなければ家は建たないし、耕さなければ野菜は生りません。(たけのことか、自然界に当たり前に存在するものもありますが)
段階を踏まずにいきなり大ヒットを狙うより、戦略的に行動していく方が、生き残る上ではひとまず「賢い」のかな、とは思います。

もちろん、アングラの人たちだって地道な活動はなさっていますし、本当にどちらが良いという話ではなくて、「マーケット開拓はお前らに任せた。こっちはこっちで息の長い音楽ファンを増やしておくから。」くらいの役割分担が重要なのではないかと思います。
そう、J-POP HIP HOPはファンが去りやすいのです。
何せくくりがJ-POPなので、HIP HOP以外にもたくさんの競合ジャンルがありますから。
だからといって、そういう人たちを無視するわけにはいきませんし。難しいところだと思います。

 


さて、そんな中でのRHYMESTER

二つのHIP HOPの中間(ちょっとJ-POP寄り)にいるのがRHYMESTERかな、と思います。
スチャダラパーRHYMESTERは、まさに00年代のブームにとって「耕された畑」だったのではないでしょうか。
JC/JKだったわたしは、当時そんなことを考えながら聴いていたはずもないわたしはですね、適当に頭でっかちにこんなことを喋っています。
当時のわたしの感想は多分、メッセージ性(社会風刺)が強いとか、低音のビートがカッコイイなとか、多分そんな感じでしょう。

好きになって行く過程でいろいろ調べて、RHYMESTERは早稲田の人なのか~なんて感想も抱いたかもしれません。
学歴とヒットは必ずしもイコールになりません。でも、J-POP HIP HOPでシーンに登場する人は結構、高学歴の人が多いのかもなという印象です。
最近だとKEN THE 390とかも早稲田ですし。わたしに国立と並行して早稲田目指す根性があればなあ…(結局国立も落ちた)
でもまあ、KICK THE CAN CREWKREVAが慶応卒でも他のメンバーは高卒/中卒だったりしますし、RIP SLYMEには大卒がいないし。
個人的な見解だと、「KICKはKREVAの戦略」で、「RIPはFUMIYAの音楽センス」であそこまでムーブメントになったのかなと思わないでもないですが。あくまで基礎の話で、その上にいろいろと積み上げられてこその人気ではありますが。

とにかく、日本に存在するHIP HOPグループの中でも古株のRHYMESTER、ブログでご本人も「出たいよテレビ!」と仰る通り、世間一般の知名度はそこそこ。
夏の音楽フェスへのご出演は多いので、フェスが好きな人ならHIP HOPに興味がなくても知っているかも、というくらいでしょうか。(わたしの個人的な体感の知名度です)
でも、HIP HOPのアーティストを目指す人、HIP HOPが好きな人は95%くらいご存知でしょう。まあ古株だから当然って言われてしまえばそこまでなんですけど。

ただ、存在するだけで圧倒的なレジェンド感。
一番売れた曲とか、一番有名なやつとか、ファン以外でも知っている曲なんてほとんど浮かばないのですが、それでもやはりKING OF STAGEなだけあるといいますか…
わたしの周りで一番知名度がある曲は肉体関係 part2 逆feat.CKBですね、多分。みんないつまでも心が小学生なので…
個人的に好きな曲はたくさんありますが、ある意味キャッチーだと思います、褒め言葉として低俗を使いたくなるような。
この曲を歌っている人が戦争についてちょっと真面目な曲を歌っていたりとか、そういうギャップが楽しめるのもHIP HOPの醍醐味かもしれません。

 

 

 

 

で、結局ここまで語って何が言いたいの?って、
5月13日(日)に、RHYMESTERが主催で「人間交差点2018」ってフェスやるからみんな行こうよ!
ってだけです。
別にわたしが宣伝しなくても人は集まるだろうけど、何かDさんのブログ読んで「はわ…しゅき…」の気持ちが大きくなったので宣伝したくなったんだよ。

 

何だかんだで好きになって15年くらいかあ、という気持ちと、あれ、それってわたしの人生の半分くらいじゃん、という驚きで、頭が纏まらないまま、ゴールデンウィークの中日出勤の合間にこんだけ書いてみました。
う~ん、音楽業界のマーケティングって、対象が感情や流行で動くから難しそうですね。

 

おしまい

去年の冬、きみと別れ 鑑賞

※ブログ用の改行を忘れた女は、普段と同じ調子でびっしりと文字で埋めてしまいました。


「騙す騙された、この映画の本質はそこではない」

 

 これは、『去年の冬、きみと別れ』の主演を務めた岩田剛典が舞台挨拶時に終始繰り返していた言葉だ。
 映画を鑑賞した後はわたし自身そう感じたし、この言葉に異存はない。だからこそ「騙された!」と声高に主張するプロモーションの方向性は少し間違っているのではないだろうかとも思う。そして、主演がそう思っていてもプロモーションの方向性を覆すことは適わないこの商業主義に少しだけ悲しい気持ちになった。
 わたしがブログを書こうと思った理由には、そんな同情じみた気持ちも含まれている。

 

 先述の通り、わたしは『去年の冬、きみと別れ』を鑑賞した。最初は、観に行けたら行こうかな、くらいのつもりでいたのだが、主題歌を歌い上げるm-floに、LISAの戻ったm-floに、少しでも貢献しなければならない、と必ず観に行くことを決意した。
 試写会はことごとく外れ、わたしがようやくそれにありつけたのは、二月二十一日に実施されたジャパンプレミアでのことだった。その日のわたしはとにかく疲れていて、寝不足で、それでもお昼ご飯に寿司を食べに行くことで自分を奮い立たせていた。そこで、わたしは冒頭の言葉を聞いた。

 この物語の本質は、「騙す、騙された」ではない。わたしもそれに同意する。では、本質は何なのか。これもまた、確か岩田剛典本人が答えを言っていた気がする。(ただし、それがこの日のことだったかは覚えていない。)
 ――人は、愛する人のためにどこまで変われるのか。

 

 ちなみに、わたしはこの映画に「騙されなかった」人間だ。まだ観ていない人には、騙されないためのヒントを一つだけお伝えしたい。キーワードは「汗」だ。他にもたくさんのヒントが散りばめられているが、一番わかりやすく監督が挿入したヒントは、この「汗」だと思う。北村一輝演じる小林のシャツに、色が変わるほど滲んだ汗。斎藤工演じる木原坂の家に向かう、岩田――すなわち耶雲の汗。そして、それが指し示す…これ以上は、ヒントの域を超えてしまうのでやめるとする。
 まあ、騙されたところで、繰り返しているが本質はそこではないので気にすることはない。ストーリーを楽しむことはもちろんだが、それぞれのキャストによるキャラクター解釈が一番の魅力だと思う。やはりネタバレになってしまうので詳細を語ることはできないのだが、この映画には「動の狂気」と「静の狂気」が存在している。そして、わたしはそれぞれの狂気の原動力は真逆の物だと考えている。その二つの狂気に翻弄される一般人、という人間味溢れるキャラクターがいることで、この物語の人間関係をぐっと現実的なものにしているように思えた。

 

 さて、わたしは映画を観た後、原作を読んだ。なるほど、これを映像化することは不可能だと言われるのも納得の作品であった。本来であれば本の、紙の文字の上に作品があり世界がある。しかしこれは本そのものが一つの作品なのだ。なので、それを映像化するとなると更に外側の世界が必要になる。そして、その外側の作り方を間違えると、当然ながら陳腐な作品になってしまうのだ。
 その点において、この映画は素晴らしかったと思う。文芸作品原作だから、という雰囲気を出しながらスクリーンに浮かび上がる「第二章」で始まるのが印象的だ。既に映画の世界に入っていたわたしからしてみれば「あれ?第一章、見落としたっけ?」となる。それが何を意味するのかは、是非映画館で確かめてみて欲しい。
 また、先に述べた「動の狂気」に当たる人物が、原作よりもはっきりと悪役に描かれていた。おかげで勧善懲悪が成立し、後味の悪さを感じさせないようにしている。もう一人の「動の狂気」についても、原作で見せた陰湿で落ちぶれた雰囲気を払拭し、どこかミステリアスな雰囲気を滲ませていたことで映画全体がサスペンスの空気を纏っていたように思う。
 原作とは違うところが多々あるので、原作と比較すること、つまり再現率や忠実性で評価するとなると高得点は望めないが、原作をベースにまったくの別物の、新しい形での『映画 去年の冬、きみと別れ』が完成したのだと考えれば、この映画は大変素晴らしい作品だと感じた。同じ話のはずなのに、別なのだ。それはこの映画が、本の外側に監督が作り上げた新しい世界であり、新しい作品だからである。

 

 ここまで書いてもともと書こうとしていたことを思い出した。この映画を観て、「岩田剛典が格好良かった」「可愛かった」などという感想があるとしたら、それこそ本質ではない。
 そもそも、岩田剛典という人間の本質は外見にないのだ。少なくともわたしの中で、岩田の外見は全く好みではない。好みだったらHiGH&LOWを鑑賞した時点で好きになっていたはずだ。それでも、この映画を観てわたしは初めて、岩田剛典のことをまっすぐに好きだと思えた。なぜだろう。
 そもそもわたしは彼のファンではなかったので、今まで彼が演じてきた役を全て観たわけではないのだが、今まで見た彼には不思議なフィルターのようなものを感じた。そのフィルターのことを、蝶のさなぎと言うと少し表現が綺麗すぎるが、イメージとしては似ている。彼の演技は、いつでも「誰かを満足させるため」の演技だったような気がするのだ。だから、直接わたしのところに届いてこない。
 演技に対する熱量がないわけではないのだが、向けているベクトルが作品ではなくて事務所、先輩、ファンなど、どこかずれていたのではないかと勝手に思っている。あくまで勝手に。そしてわたしは単純なので、作品でしかそれを受け止められないので、ベクトルのずれた熱量を受け取れないまま一年間過ごしてきた。
 今回の映画では、作品にそれが注がれているのを感じた。だから、作品を読み解こうとしたわたしはその熱量に感動し、簡単に彼のことを好きになった。理屈をつけてみるのであれば、そんなところだろうか。正直な話、人が何かを好きになるのに、明確な理由や理屈はないと思う。
 しかし、できればわたしはその「熱量」が評価されたらいいな、と思う。もちろん、その熱量を湛える姿勢を賞賛する言葉が「格好良かった」「可愛かった」になるのであれば仕方がないことなのだが、できることなら語彙力を振り絞ってこの感動を伝えたいと思う。簡単な言葉で済ませたくないと思わせてくれたことに、きちんと感謝して、丁寧に言葉を選びたい。

 

 日本語でも言葉は「贈る」ものだ。本当に好きな人に心を込めて贈り物を選ぶとき、コンビニでも売っているような手軽なものを選ぶ人はそう多くないと思う。たとえ財布の中に百円玉が入っていただけだとしても、その人に一番似合う、一番渡したいものを贈る努力はするはずだ。
 わたしはまだ、今すぐに彼に贈る言葉を選びきれないでいる。でも、いつかきちんと見つけて、どうにかして伝えられる日が来たら良いなと考えているのだ。それまでは、映画を観て拍手を贈ることで、その代わりとさせて欲しい。

たちばな書店について、感じたこと


2月17日、築地本マルシェ内にて開催された
たちばな書店~価値観を共有する場所~】
を拝聴してきた。


そこで感じた率直な気持ちや愚痴なんかをだらだらと書き連ねたく、数ヶ月ぶりにはてブロ開いた。

レポとかでは全然ないし、自分の中でショックが大きすぎて素敵だなって思ったことをほぼ忘れてしまっている。
これから書くわけだが、おそらく批判的な内容しかないと思うほどには。

 

<<わたし>>
事務員。オタク。ちょっと前までライターもしていた。(副業禁止のお仕事になってやめた。)
文芸社以外の出版社から自分の本を出すのが夢。
一時期仕事しながら一日五千字生活していたので、読書量はめちゃくちゃ減った。

 

<<たちばな書店とは>>
EXILE橘ケンチ氏によるWEBサイト。
橘さんが紹介したい本、橘さんの知人の方が紹介したい本、一般の方が紹介したい本、
この三つの要素によってのみ構成されている、とてもシンプルなサイト。
書店員という名のスタッフが数名いる。
池袋・三省堂書店および東京・八重洲ブックセンターにて実店舗化イベントも開催。
実際に紹介したorされた本をアーティスティックに展示。

 

【わたしが思っていたこと】
読書家、本が好き、というのを売り出していたので、本の評論…とまでは行かずとも、いろんな本を読むことで見聞を広める過程を『たちばな書店』を通じて発信し、自身のキャラクターを確立し、新規ファン・新規顧客を獲得していく戦略なのかもしれないな。
いろいろなジャンルを読むためにも紹介を募集するついでに、ファンの皆さんとも共有したいな、という感じの企画なのだろうか。

 

【実際目指しているもの】
「いろんな人の本を紹介する一つの仮想空間」みたいな感じ。タイトルにある「価値観を共有する場所」ということ。
紹介されたものに目を通して、面白そうなものをピックして、「これよさそうだよ」って店頭に並べるだけ。

 

【実際の方向性に対するわたしの見解】
それなら「図書館」とか「本棚」でよくない?何で「書店」って名前にしたんだろう。語呂?
書店って、たまに道楽でやっているお店もあるけどあくまでビジネスだと思うので、売れると思える面白い本を置いて欲しい。
でもたちばな書店って、読んでもいない本を「面白そうだよ」って紹介するだけなんですよ。
橘ケンチさんは、読まずにおすすめ文・あらすじ・口コミなどを参考にコメントしているそうです。何だ、何だそれは…
あと、タイトルだけが羅列される形式なので、サイトめちゃくちゃ見づらい。せめてクリック前に表紙画像つけてほしい。
ジャンルもごちゃごちゃで、まあそれに拘らずいろいろな本を紹介したいというコンセプトがあるのはわかるけど、ジャンルでソートできたり、泣きたいとき/笑いたいとき/勇気が欲しいときなどのシチュエーション別でもソーティングできた方が面白くなると思う。本ソムリエみたいな方向性で。

 

【少し冷静になったわたしの考え】
おそらく、わたしが期待しすぎていただけで最初からその程度のライトな企画だったのだと思う。
そういう企画を立ち上げたよ!という実績が欲しかったんだろうな、と社会に揉まれたオタクは悟っている。
それでもやっぱり期待はずれだった感は否めない。まあ、こちらが勝手に期待していただけなんですけど。
2月入ってから高頻度で更新されているたちばな書店、頻度は下げて良いから実際読んで本当に素敵だなと思ったものを共有させて欲しい。少なくともファンはそう願っているんじゃないでしょうか。いや、自分の投稿がピックされれば満足で、ひたすら数打っているファンもいるんだろうな。

 


【橘さんの本の読み方について感じたこと】
平行して数冊読んでるのは知っていたんですが、20冊?え?20…20?
一日数ページだけ読んでまた次の日、みたいな感じなのかな~とは思う。
むしろそんな平行して読んでるのに何でたちばな書店で紹介している本、読まないんだってばよ…?
あとびっくりしたのが、その数なのに蔵書は500冊くらいってどういうことだってばよ。
図書館?図書館ユーザーなの?絶対違うだろうけど。返却期限までに読む、とかそういうの苦手そう。
まあそれはいい。本で気に入ったフレーズなんかに線を引いて、自分の中に残す読み方も好みだからいい。

ただ、もともと一つの話に集中するのが苦手、みたいなことを仰った上での発言ではありますが。
しがない文筆家の端くれがいじけているだけだと思ってくださって構わないんですけど。

正直、読みかけで放置されている本がたくさんあるって、聞いているだけでつらい。
「僕はそれでいいと思っている」って、作者に対する最高の侮辱。
本に書き込まれるよりもよっぽどつらい。悲しい。

というか、その前段階の「一冊の本に集中するのが苦手」みたいなのも結構しんどい。
わたしはまだまだ人間ができていないので、そんな話聞きたくない。
それってつまり、「その文章には自分を引き込むほどの魅力がなかった」ということでしょう。

今まで頂戴したご感想の中で、「情景が目に浮かぶようでした。」とか「言葉の選び方が素敵です。」とかももちろん嬉しかったのですが、(というか、感想自体嬉しいものだし、初めてファンレターを頂いたときは泣いた)
「寝る前だったのに、中断するタイミングを逃して一気に読んでしまいました。」だとか「早く続きが読みたいのに、終わって欲しくないという矛盾を抱えページを捲っていました。」といった言葉は心にぐっときました。
わたしにも身に覚えがあります。素晴らしい作品を読んだ後、どうしても感動や情熱を伝えたくて、もしくは興奮をとにかく吐き出したくて、読んでもらえるかもわからないファンレターを送ったものです。

情景の伝え方や言葉の選び方は、たくさん書いて、たくさん読んで、鍛えることができる部分だと思います。
ただ、読者を引き込む力っていうのは多分、それらに加えて構成力だとか、文章内の空白感の使い方だとか、もう一段階上のものなのではないかと考えている節があるのです。
人に読んでもらえる文章を書けるようになることは初歩の初歩、その次の段階で読んで下さっている方の心を掴めるようになるのではないか、と。まああくまで持論です。

 

 

 

とにかく、橘さんの話を聞いて「うわまじか、この人とは本の話できないわ。」と感じました。
あと、いつかわたしが夢を叶えて本を出したとして、絶対手にとって欲しくないと思ってしまいました。
だからといって嫌いになるわけではないのですが。そもそもあの顔と身体を好きになったので、それ以外はオマケだし。
そして、「全部好きだと思える存在がいるのは奇跡的な確率なのでは…?!」と感じました。ありがとう久保田悠来

 

途中からつい、お仕事の感想になったので敬語混じりの変な文章になりました。
とにかくわたしはつらかった。入ってきた瞬間は「あ、圧倒的顔の良さ~~~!」と思っていたはずなのに。
そういうところ、そういうところだよLDH。
LDHの中でも賢い方に入ると思うんですけど、天然だからなあ。
わたしもそういう節があるので何とも言えないけど、「こういうことを発言したら傷つく人がいる」っていうところにまで至らなかったのかな。
別にあの講演会からは「読み方に囚われない俺カッケー!」というLDHイズムみたいなのは感じなかったんだけど、確かにわたしは傷ついたしショックを受けた。

 

ちょっと愚痴る程度のつもりだったのにこんなに長々書いたのは、正直自分でも予想外だった。
思っていたよりもショックを受けていて悲しかったのだな、と冷静に思えるくらいには落ち着いたので投稿します。
繰り返しますが別に嫌いになるわけでもないし、これからもイベントがあったら参加してかっこいいなかわいいなと感じると思う。
ただ、土曜はそう思えなかったのがショックでしたという、感情のぶつける先を見失ったオタクによるチラ裏なので悪しからず。

 

LDHアーティストはニアイコールアイドル

こんにちは。先日三代目のライブに行ってきて「いやあれはアイドルだわ」ってつぶやいたらブロックされてそれなりにへこんでからひとしきり笑ったKYです。

TwitterをブロックしただけでLINEはブロックされてなかったので、一応まだ取引とか途中の件もあったし連絡したら「確かにドル売りしてるけど、そうしないと円盤が売れないからであって彼らはアイドルじゃない(要約)」ということを言われたんですけど、「いや売り方の話ではなくてな?」と思ったのでブログを書きます。(要約が間違ってたら申し訳ないけど、わたしにはそう読み取れる内容だったということで)

ブロックされたTwitterで呟くのは陰口みたいで嫌だし、かといってLINEで反論するとなると、そもそもその話題が嫌でTwitterをブロックしたのだろうから本末転倒かなとも思ったので、見る見ないを選択してもらおうと思いました。

(そもそもわざわざ理由を言わずに取引だけ終わらせて縁を切ることもできたところを、わざわざ伝えてくれたということはそれについて議論して何らかの結論に至るつもりがあったのか、はたまたツイートを見たときの怒りをぶつけたかったのかわたしでは判断しかねたとも言う。)

あと単純に承認欲求の塊なので、持論は人の見えるところで発信してこそ!という意識が根底にあります。別にアイドル批判をするつもりもLDHを批判するつもりもなくて、主観に基づいてその二つを比較したりわたしなりのアーティスト論を語りたいだけなのでなるべく中立的に読んでもらえるととても嬉しいです。

 

 

わたしにとってのアイドル

 

さて、ひとくちにアイドル、と言っても人それぞれいろいろなアイドルのイメージ像があると思います。ジャニーズ、韓流、ご当地、地下ドル、二次元アイドル、ぱっと浮かぶだけで5種類もあった。

わたしにとってはジャニーズがアイドルです。別に他をアイドルとして認めない!とか言うわけじゃなくて、わたしがまずアイドルって聞いて浮かぶのがジャニーズなだけね。

ジャニーズに関しては完全に茶の間だったんですが、一応SMAPとYou&Jが好きでした。どっちも今は存在しないと思うとしんみりする。

さて、じゃあアイドルって何ってなるんですけど、わたしは別に歌って踊ればアイドルとは思わないんですよね。SMAPは中居担だったし。コンサートは東京ドームと日産行ければいいやって感じの茶の間だったけど。 

 

 

アイドルだなと思った部分

 

まあそもそも応援グッズの持ち込みOKな時点で「アイドルじゃん!」って思うんだけど。ペンラの代わりにフラッグなのは、文化の違いだなってだいぶ面白かった。あとLDHに興味ない人もこのブログ読んでると思うので「三代目 フェルト」とかも是非Google画像検索してみてね。個人的にめちゃくちゃ愉快だなと思う文化です。自分は絶対持たないし、掲げられたら邪魔だし殺意さえ芽生えるけど。

まあそれはファンの姿勢だからどうでもいいや、三代目って音楽の系統に一貫性がないんだよね。詳しくはないんだけどデビュー当時はバラード系で、そこからPKCZとかCRAZYBOYの色(edm)が濃くなった感じかなって印象なんだけど、かと思ったらHAPPYみたいな曲もあるし。そういうところがとてもアイドルだなって思ったという話なんだけど。どこをどう切り取ってドル売りの話になったのかわからなかった。

まあ最近別グループのCD+握手会券とかアイドルやんwwwみたいなこと呟いてたからそこからかな?とは思う。それについても後述できたらしたい。

 

わたしにとってのアーティストとは「何かを追求する人」なので、楽曲に一貫性がないからその追求したいものが見えてこないんだろうなと感じました。

たとえば、「彼らは楽曲制作にも関わってるからアイドルじゃなくてアーティスト!」っていう主張が上がったと仮定しますね。一応そういうのも反証しておきたいなって思ったので。

上述の通りYou&Jの茶の間だったのですぐにわたしは「チパおるやん」と思いました。もちろんジャニーズだし芸能界だしゴーストライターの可能性も十分あるんだけどそれはお互い様だと思うので、ない方向で話を進めると、関ジャニ∞安田章大、結構作詞作曲やってたよね?んでも彼はアイドルだよね?

「歌唱力・ダンスのレベルが違う」という主張もありそうだけど、その辺りについても一長一短だし才能の一種だと思うんですよね。

特に、あの事務所の意向として「踊れなくなっても」「歌えなくなっても」の部分を補填させる傾向があるからそこを極めているとは思えないし。(例外もいると思う、パルクールのZENくんとか、ダンスだと世界くんとか)

なので、わたし個人としてはあの事務所に所属しているうち「アーティストだな」って思う人はほんの一握り。あとはアイドルかタレントだなって思います。まあ、本人たちが「アーティストとしてこれからも~」みたいなこと書いてるたびにちょっと首を傾げる程度だけど。

 

メジャーデビューしている組については、ライブパフォーマンス用以外でダンスレッスンやってるイメージないもん。忙しいっていうのもあるだろうけど、そんなことする暇あるなら俳優の仕事、モデルの仕事、コレオの仕事、その他いろいろやっておけって感じがある。本人の意思は別としてね。

そしてアイドルであることに本人の意思は伴わないなって思うんだけど、わたしは。本人がどんなにアイドルであることを拒絶しても、事務所としての育て方が完全にアイドルだと思うし、ついてきてるファンもアイドルのそれ。

ある程度アイドルとしてグループ活動して、限界が来たらマルチタレントとして売ろうとしているんだろうなって思います。それが悪いことだとは全然思わないけど。その方が長く食べていけるしね。

歌はともかく踊り続けることには限界があるっていうのは先輩たちが見せてくれたと思うので「ダンスで一生食べていく環境」じゃなくて「ダンスをきっかけに一生食べていく環境」を作っている事務所だと認識しているのよ、わたしは。正直ボーカルたちはどうするつもりなのか全くもって予想できないけど。一応EXILEセカンドも三代目も、それぞれのボーカルにソロ仕事与えてはいるものの、それだけってなったときATSUSHI以外って大丈夫なんかなって疑問に思う。

もともとパフォーマーであるHIROが作ったグループで、彼が作った事務所だから、パフォーマーが生き延びる方法を考えるのは得意なんだろうなって思うけど。その辺を先輩として考えて行かなきゃいけないのかと思うとATSUSHIも大変だよなあと思います。司会者とかコメンテーターには向かないし、作曲スキルを上げて自分でも歌いながら他に楽曲提供が有力かなとも思うんだけど、後輩たち全員にそのスキルあるかもわからんしね。

 

話がだいぶ逸れたけど、とりあえずこんなもんかなってところまでは書けた気がする。これだけのことをLINEで打ち出して伝えるのも面倒くさかったっていうのもある。

あくまで本業は歌手・ダンサーだし、みたいなところなんだろうけど、例えば三代目の岩田剛典って聞いて世間的に浮かぶのって踊ってる姿じゃなくない?って話というか。売り方というより育て方・方向性・終着点の話。

例えば彼らの中から何人かでダンスユニットを組んで、ダンスバトル系のイベントに参加してスキルを磨き続けてるとかだったらわたしもさすがにアイドルだなとは思えないんだけど。もしくは殿堂入りして審査員みたいな立場になったり、ゲストパフォーマーみたいな立場になったり、そういうのは普通にすごいな~と思う。

でもそうじゃなくて「将来のために」って歌やダンス以外の仕事を受けてるわけだし。事務所の指示だとしても、まあやってることアイドルと何が違うの?ってなるんだけど。

 

以下もし読んでいたときのための私信

そもそもアイドルの何が悪いの?馬鹿にされてる気分になるとか?だとしたらあなたアイドルを下に見てるってことになるけど。

本人がアイドル扱いを望んでないからって、アイドルじゃないって判断するのはあまりにも感情的かつ短絡的で「らしく」ないなあと思ったので、(少なくともわたしよりは頭がいいと思っているので)なるべく頭の整理をしてこのブログを書いてみました。

 

個人的には論拠を調べる時間が足りなかったかな~とか、まだまだ理論的に穴だらけだな~とかあるんだけど、言葉がわたしにとって唯一のツールだから何かしら書き残しておきたかった。

 

ここまでで既に3000字を越しているので、ドル売り(円盤売り上げ関連)についてはまた何か別の機会に書ければいいな~と思いました。とりあえずオリコンの2017年上半期シングル売り上げとかの話とか、LDH名物スクラッチの話とかね。

あと円盤が売れないアーティストがどうやって稼いでるかって話とかもそこでできたらいいな。ほんとこのブログの方向性も謎だな。まあなるべく伏字も使わないようにしてるし、書きたいものを書いているっていう一貫性はあると信じています。

 

ではでは~

腐ったミカンは存在すると思うというはなし

はてなさんから「前回記事書いてから1ヶ月くらい経ったよ」というメールがきたので、じゃあ書くか~と思いました。ハイロー映画の感想書いてないなそういえば。まあいいか。

 

何について書こうかなあ、と考えるよりも先にタイトルが浮かんだので書き始めています。

 

 

腐ったミカンとは

 

金八先生ファイナルが放送されたのが2011年なのでそろそろ知らない人も出て来るのかなって思って説明します。(シリーズとしては2008年に終わってるしね!)

簡単に要約すると、「腐ったミカンがミカン箱に入っていると他のミカンも腐る」という理論から(エチレンだとか、細菌だとか、原因は推測できるので間違ってはいないと思う)「素行の悪い人間がいると周りの人間まで駄目になる」と言われたヤンキーが「ミカンじゃねえ!人間だ!」と反抗する話があったんですよ、昔ね。わたしもまだ生まれてなかった頃のシリーズでね。

その言葉を、彼の担任である金八先生が汲む形で「わたしたち(教師)はミカンを作っているのではない、人間を作ってるんだ!」と言ってそのヤンキーの心は救われたという流れなんですけど。

 

けど、ねえ。

腐ったミカンは存在するなあと思うのです。もしくは、類は友を呼ぶ、なのかもしれないけれど。

 

 

ここでの腐ったミカンの定義

 

別に犯罪者のことを腐ったミカンと言うわけではありません。ここはそういうブログではないです。

じゃあ何って、匂わせSNSをやらかす彼女を作った芸能人のことだよ~~~!!!

 

別に彼女はいても良いんです。プライベートが充実することで芸の幅が広がるのであれば、オタクとしてもファンとしても茶の間としても喜ばしいことだと思います。

FRIDAYも文春も大丈夫。むしろ「あらあら芸能人として一人前ね」くらいの気持ちで微笑みながら一冊買って記事の内容を精査して「これはありえる」「ここはうそだろ」ってチェックしたくなっちゃうくらい。

でもね、匂わせからのカノバレってクズバレと変わらないと思うんですよ。女を見る目がない馬鹿なんでチュボク~って言ってるようなもん。

 

なのでそんな人たちのことを「腐ったミカン」として話を進めていきたいと思います。

 

 

なぜ同じ箱に入ってしまうのか

 

不思議ですか?わたしは全然不思議じゃありません。

だって人と人が出会うときって少女漫画みたいに一対一の偶然の出会いということはほとんどないと思うんです。何かしらのコミュニティで、はたまた誰かしらの紹介で、そうやって知り合うことが大多数だと思います。(もちろん、ことオタクにおいて出会いはその限りではありません。チケ余って同行とか、一限or当日座席抽選系イベントでたまたま隣になった人とか、縁はいろいろあります。)

その「出会い」に繋がるコミュニティの中に腐ったミカンがいたとしたら、自然とそのコミュニティに属すミカンも腐っていくのが自然の道理なのかな~と思います。もちろん、何かしらのきっかけで浄化されることもあるんですけど。

 

 

なぜ他のミカンも腐ってしまうのか

 

これはさすがにエチレン(植物の熟成を促すホルモン)は関係してません。

日本人特有な気もするのですが「こいつもやってんのか」とか、「ここまでなら許されるんだな」とか、そういう意識がコミュニティ内に蔓延することで他のミカンも腐っていきます。

外国の方って良くも悪くも自分の中のルールが厳格化されているイメージがあるので、他の人がやっていようとやらない人はやらない、やる人はやる、最終的にやる人とやらない人でコミュニティが分かれる、って感じになるんですが、日本人は割と朱に交われば赤くなる文化ですよね。

だからこそ、炎上俳優と共演して欲しくないとか、不倫報道のあった人間と共演して欲しくないとか、そういう風に感じるのだと思います。たとえ「わたしの推しは絶対大丈夫!」と信じていても、その場を流れる空気に流されたり染まったりする危険性が一ミリでもある限り、不安は拭えないと思います。(その時点で絶対という言葉は崩れるわけだけど、論点はそこではないので流します。)

 

個人的な意見ですが、そこで「絶対大丈夫!」って言えてしまう方はお花畑なのかな~と思います。

 

 

自浄作用はないのか

 

さっきもちょっと書きましたが、わたしはその腐ったコミュニティが何かしらのきっかけで浄化されることもあると考えています。

 

一番大きいのはコミュニティに近しい(けれどもコミュニティには属さなかった)人間の結婚かなあ。匂わせもしない家庭的でかわいくて素敵なお嫁さんと、幸せそうな結婚をした人が近くにいると「あれ、俺の彼女やばいかもしれない」と冷静になれたりしますよね。

それで女側がゴネて晒したり週刊誌にタレこんだりとかもあるのでしょうが。まあその程度の女を選んでしまった自分が99.9%悪いので、そこは甘んじて制裁されてくれ、と思います。

でも、幸せな結婚を目の当たりにして焦ってその彼女と結婚するのはやめてね。離婚報告も見たくないし、バカノと幸せそうにしている様子も絶対見たくないです。

 

 

 

腐ったミカンについての具体例は挙げませんので、この記事について信憑性とかそういうものはないと思ってくださって構いません。

わたしはカノバレが嫌なんじゃなくて、匂わせするバカ女と繋がっているのが嫌なだけなので、そのあたりを書きたかったんだけどいろいろ混ざってしまった気がする。

最初の方でもかきましたが、匂わせするような女と付き合っているのがバレる=ボクチャン女を見る目がないんでチュだからな!肝に銘じておけよ!

これ別に若手俳優だけに言ってないからな!事務所の人気を自分の人気と勘違いしているLとDとHの事務所に所属している一部の人について考えながら書いたからな!

(出て来るカノバレネタが馬鹿すぎてつらい)

 

 

でも若手俳優でも結論は同じだと思います。

あと、「推しもクズだと思われたらたまんないから仲良くしないで~!」って思うんですけどどうでしょう。

カノバレが問題なんじゃなくて、そのバレた彼女がバカなのが問題なんだよなあ。この世の女がわたし含めて全員、北川景子だったらいいのに。容姿も育ちも申し分ないという印象がある。

 

以上、腐ったミカンと腐った女に媚びる男が地雷な女のひとりごとでした!

 

 

 

HiGH&LOW The Story of S.W.O.R.D. 感想

こんにちは。

宣言通り暇つぶしにハイローの感想を投げていこうかなと思います。

どんな人がハイローを見たかというのは↓の記事の前半部分を読んで頂けると幸いです。要約すると特撮好きの2.5も齧った根っからのオタク

 

whatkyfelt.hatenadiary.com

 

正直ハイロードラマ版見たの3月くらいの話だから、細かい感想は期待しないで頂きたい。暇つぶしです。

結論から言うと「好きな人がいるのもわかるし、面白いとも思うけどわたしはハマらなかった」って感じです。わたしはやっぱり二階堂さんよりケンチさんが好き。

 

そもそもハイローって何だ?

セカンド(ケンチさん)にハマったわたしは「とりあえずえぐざいるにハマったらハイローってやつを観ればいいんでしょ、ぼくしってる」というオタク界隈の暗黙の了解に従ってHuluの一ヶ月無料会員となりドラマ版を履修した。

履修前から「細かいことを気にしたら負け」「推しの顔面とアクションを楽しむもの」と聞かされていたので大して期待せずに見た。

ちなみにわたしはヤンキー物があまり好きではない。舞台沼にいた頃、若手が出る映画といえばミニシアター系のヤンキー映画というのが主流で、推しの舞台挨拶のために何度も観に行ったこともあるが、喧嘩でしか解決できない話にはどうにも共感できないし、何の未来も見出せない設定に興味が抱けなかった。このあたり、実はハイローの問題提起にちょっと合致するんだけどだからってどう解決するのかまでは明示してくれなそう。だって金と力で何とかしてきた人が総合プロデューサーだもの。

とにかくありがちなヤンキー物だと思っていた。ちなみに絶賛炎上中(もう落ち着いた?)のヒデが出ていたこれとか何回観たかな?って感じだけどほとんど覚えていない。まあ6年前だもんな!仕方ない仕方ない。

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そんな感じの期待値でわたしはハイローに足を踏み入れた。この時点ではハイローが何なのかよくわかっていない。

 

学園ヤンキー物とか、極道物じゃないからわかりやすい

学園物だとみんな学ラン、極道物だとみんなスーツ、みたいな感じで、見た目で対立関係がわかりづらいことありませんか?わたしはあります。興味がなさすぎるせいかもしれませんが正直しょっちゅうです。

そんな平和主義のオタクにやさしい。対立関係にあるチームごとにイメージカラーがある。それどころかイメージソング(テーマソング)まであるのには笑った。登場シーンでLDHの誰かの曲が流れる何だこれ。

せっかくなのでケンチさん演じる二階堂さんが所属している家村会のイメージソングを貼り付けておきます。ちなみにケンチさんが所属するEXILE THE SECONDの楽曲です。

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ちなみにイメージカラーはゴールドらしい。

他にも全身真っ白のチームとか、みんなでお揃いの赤い法被着てるチームとか、まあわかりやすい。スポーツ漫画から入った人もユニフォーム感覚で把握できるだろうし、我々アラサー世代のオタクにはIWGPで培われたカラーギャングの概念があるので、結構すんなり受け止められるのではなかろうか。

 

・ストーリーが浅いのに演出は細かい

前半のストーリーを要約すると「幼馴染三人組のうちの一人、ノボル(優等生)の彼女が暴行を受け、ぶち切れたノボルが犯人ボコって刑務所に入ってしまった。出所するまで街が変わらないように喧嘩でこの街守っておくぜ!出てきたノボルは何故かヤクザの仲間になっていたが、友情パワーで足を洗わせてやるんだぜ!」って感じ。その合間に他チームとのゴタゴタがある。最後ノボルがヤクザの車に轢かれて終わる。

後半のストーリーを要約すると「幼馴染の残り二人が昔所属していたバイクチームの頭も車に轢かれて死んだんだぜ!これは…怪しいぜ…そんななか、湾岸地区では英語を喋る謎のチームが勢力を拡大していたらしいぜ。」って感じ。これと何篇かの他チームの話が入ってるくらい?完全に映画の導入用って記憶しかない。

じゃあ何でこんなオタクが騒いでるんだっていうと、登場人物たちのキャラクターが濃い。キャラが立ってる。正直メインの幼馴染三人組より、敵対チームのキャラの方がインパクトあるけど。幼馴染三人組という字面が既にほのぼのしてるけど、まさにそんな感じのケンカが強い一般人って感じなので。

そのキャラクター達が持っている個性をきちんと表現できる衣装、セット、ヘアメイク、演出になっているから引き込まれるんだと思う。とにかくキャラクターに関しては主張したいことがわかりやすい。

ちなみにオタク人気が高いのはこの兄弟。かのCLAMP先生がガッツリハマってるので有名。ちなみにネタバレだけどこの兄弟にはもう一人兄がいて、それは我らが斎藤工だよ。

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・じゃあ何でハマらなかったんだ

これはもう好みの問題だと思うんですけど、わたしはやっぱりストーリー性のある話が好きだな!あと登場人物が全体的に脳筋。ケンカが強ければ何とかなる世界みたいなので、わたしが持っている価値観と相性が悪い。

ただ、エンターテイメントとして見る分には楽しいと思う。アクションシーンはジェットコースターに乗ってるような、ドラマシーンは観覧車で景色眺めているような。そんな気持ちで見るのはあり。

ただ、これを掘り下げて深く考察して…みたいなオタク的な発想には至らなかった。考察するだけ無駄になりそう。「そこまで考えてなかった」「ただかっこよかったから」っていう解答が出てきたときにがっかりするから初めから期待しないのが吉。

 

・もうひとつ、ハマらなかった理由

というかそもそもハイローオタ割とやばくない?ドラマとか生きてる人について、鍵なしで腐ったツイートしてるし(検索で引っかかるの不快すぎるからやめてほしい)、普通に二次創作アカウントでキャストフォローしてるし。

特撮オタクだったときは中の人に対するアプローチめちゃくちゃ気を付けていたので、そういうのにびっくりし過ぎた。それでドン引きしすぎて、LDHのパリピファンとはもちろんハイローから入ったオタクファンとも仲良くできない。生きづれえ~

 

 

こんな感じで「ハイローマジヤバイ」「ハイローはいいぞ」みたいな意見には賛同しかねるのですが、まあオタクなら、機会があったら一回くらいは見てみるのも良いと思います。チーム分け合戦が好きな人は結構ハマる率高いと思う。

 

映画編へつづく。